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【つまみ食いレビュー】記念すべきユチョンの映画デビュー作「海にかかる霧」について語ります【ネタバレあり】

祝・主演映画決定!

 

news.kstyle.com

 

そろそろこのレビューを投稿しようかな…と思っていたタイミングで飛び込んできたニュース。

 

私にとってはリアルタイムで遭遇する初めての「新作」でございます…感無量、生きててよかった… (´;ω;`)

 

その流れに乗って、ユチョンの映画デビュー作について語っちゃいます。

 

ユチョンのファンの方々はもちろん、そうでない一般の映画好きの方々からもおすすめの言葉を聞くことが多かった「海にかかる霧」

 

去年の9月頃に視聴して、衝撃冷めやらぬ勢いで感想をメモしていたのですが、とにかくドラマのレビューを先に…と思って後まわしになってまして。

 

 

ようやく日の目を見ることができましたw

 

私はポン・ジュノ作品大好きなのですが、恥ずかしながらこの作品は知りませんでした。

 

なんでかなーと思って調べてたら、これ、ポン・ジュノは脚本・制作を担当していて監督は別の方なんですね。それで見逃していたようです。

 

監督は私の大好きな殺人の追憶」の助監督をされていたシム・ソンボという方でした。

実話をもとにしたサスペンス…とこれまた「殺人の追憶」とも重なり、期待で胸を膨らませつつ視聴しましたら案の定語りたいことがたくさんで!

 

てなわけで、以下だらだらと。

 

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時は1998年、韓国は全羅道麗水(ヨス)という港町

位置はだいたいこのあたり。

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この1998年という設定だけでなにやらピンとくるような。

 

1997年、アジア通貨危機で韓国経済は非常に大きな混乱に陥り、朝鮮戦争以来、最大の国難』とまで呼ばれる苦しい経験をしています。

 

この映画の背景もその影響が残ることを感じさせます。

 

周りがどんどん漁業を廃業していくなか、なんとか仕事を続けていきたい船長にもちかけられたのが密入国者の運び役…というのがあらすじなわけですが。

 

このあらすじを読んだときは、この「密入国者」は言うても5~6人くらいを匿うのかなと想像してたら結構な規模で驚きました。

思わずモデルとなった「テチャン号事件」を調べちゃいましたよ。

 

検索してもちゃんとしたまとめはないので、当時のことを伝える中国の新聞記事に目を通してみました。

結構な国際問題だったようです。

 

j.people.com.cn

 

本作ではテチャン号は別の船として登場し、チョンジン号という架空の船が舞台に。

 

さて、まずは船長演じるキム・ユンソク。

はいはい、「チェイサー」の人ねー、渋いよねー。

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お?甲板長、どっかで観たことあるぞ?

あー、「ネゴシエーション」や「ビューティーインサイド」で出てた人ねー。

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いかにも癖と味のある俳優さんたちがぞろぞろ出てきて、ポン・ジュノ風味が漂ってきますw

 

そんでユチョンは…?

ユチョンはどこにおるんじゃ…?

 

と画面を凝視しておりましたら…

 

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!!!

 

そこにいたのはユチョンではなく、風貌も言葉もしゃべり方もまったく別人のような、港町に祖母と住む青年ドンシクでした。

 

ソンジュンでも世子様でもない、他のドラマでも見たことないキャラクター。

この画ヅラに馴染んでるの、すごいな!

 

これが

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こうなって

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こうじゃ!(えええ!?)

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すごい擬態ぶりにちょっとビビりましたよw

 

まさに「高低差に耳キーンとなるわ!」ってやつでしょうか。こういうのが見られるのが演技仕事の醍醐味ですねw

 

そして、ネイティブじゃないので断言できませんが、この作品、相当強いなまり(方言)の台詞ですよね?

それも含めて役作りが相当に大変だっただろうことは想像に難くありません。

 

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そして、キーパーソンの登場です。密航者のひとり、ホンメ

中国に住む朝鮮族出身の女性

 

この朝鮮族については、以前この本で読んだことありまして。

 

ナグネ――中国朝鮮族の友と日本 (岩波新書)

ナグネ――中国朝鮮族の友と日本 (岩波新書)

  • 作者:最相 葉月
  • 発売日: 2015/03/21
  • メディア: 新書
 

 

中国にはたくさんの少数民族がいるわけですが、朝鮮族はその中のひとつで吉林省を中心にコミュニティを形成しています。

 

国籍は中国ですけど、言葉は朝鮮語(といっても、またちょっと違うみたいです)という人々。

 

韓国へ出稼ぎに行けば豊かな暮らしができると誘われ、それに伴う密航が問題になっているというのは予備知識でありましたが、モデルになった事件のことは全然知りませんでした。

 

このホンメのことがドンシクはすごく気になってあれこれ世話をやくわけですけど、このキャラはあれですよ、俗にいう魔性の女ファム・ファタールってやつ。

 

珍しく直接的にそういう台詞もあるんですよね、「お前は魔女か何かか?」と。

 

これね、例えばこの役がチョン・ドヨンとかだったらたぶん面白くなかっただろうなと。

出てきた瞬間に、あ、このタイプは男たちを惑わすやばい女だ、とわかるじゃないですかw

 

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ドヨン姐さん、セクシーダイナマイツです

 

それをまるで少女のような庇護欲をかきたてる雰囲気のハン・イェリにさせたところがいい。

 

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あざといほどのピュア感

 

白の三つ折りソックスから覗く生足にはドヨン姐さんとは違うエロスを感じましたね。

これは監督も意識したんではなかろうかw

 

こんな雰囲気だけどユチョンより年上で、なんとこのとき30歳というから驚き。

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ヘアメイクをするとやっぱり女優!て感じですね(^^)

 

ハン・イェリの出演作をチェックしたら「ハナ ~奇跡の46日間~」があって、私これ観たことあるのに全然気づかなかった…。

北朝鮮の卓球チームでペ・ドゥナのダブルスのパートナー役の女優さんでした。

 

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いや、これは気づかんやろ…

 

はじめは委縮していたホンメですが、ドンシクに対して自分からキスしたり、何がなんでも生き抜こうとするバイタリティがあったりと、なかなかどうして、この子はそういう見たまんまのキャラではないですよ~というのがだんだんわかってきます。

 

二人のキスシーンのくだりなんかは良かったなあ。ドンシクの朴訥なキャラがうまく出てました。

キスしたいけど!しようと思えばできるけど!でもしないけど!みたいなw

 

そして、その様子を見て笑うホンメがめっちゃ小悪魔感出てまして、ここでおや?この娘はちょっと曲者だぞ?と思わせるのもうまいです。

 

ところでね、ホンメが探しているという「オッパ」、実の兄だと言っているけど…どう思いますか…?

いやあ、ここもすごく含むものがあるのを表現しててうまいなあと思いましたw

 

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このホンメをめぐって男たちはだんだんおかしくなっていきます。

 

この様子はアナタハンの女王事件」をちょっと連想してしまいました。

 

1944年6月、日本の「絶対的国防圏」の要衝であったサイパン陥落を目指すアメリカ軍は、アナタハンにも激しい爆撃を加えた。元からの住人はすべてサイパン島に避難したが、日本人は島に残った。

(中略)
31人の男たちも船ごとにそれぞれ集団を作って暮らしていた。そのうち全員が1人の女性を巡って争うようになり、1945年8月の終戦までに複数の行方不明者が出た。

 

アナタハンの女王事件 - Wikipedia 

 

この事件の女性のように、ホンメもだんだん人間扱いではなく「誰の所有物か?」みたいな感じに。

 

見渡す限りの海原、深い霧、秘密の共有…といった特殊で閉鎖的な環境が船員たちの行動に変化を与えていくようで。 

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こういうの真っ暗闇より怖いですよね…

 

壁に囲まれた部屋に人間を長いこと閉じ込めたら発狂する…という拷問(感覚遮断の実験)がありますが、それと似たような心理でしょうかね。

 

この残された船員たちがどんどん精神に異常をきたしていく過程には圧倒されました。

 

そんななかでドンシクがかろうじて正気を保っているのは、もちろんホンメの存在が大きい。彼女と一緒に陸地にあがりたい、生き残りたいという目的がはっきりしているから。

でも、ドンシクもある意味、その生への渇望が常軌を逸しているところもあり、結局まともな人は誰もいないという恐ろしい状況に。

 

そんなホンメとドンシクは果たしてどうなったのか…?

 

ここはネタバレしませんが、この結末は人によっていろんな解釈があると思います。

私は、うん、まあやっぱりそうなるだろうね…と納得しましたがw

 

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ポン・ジュノの作品ってどんなにシリアスな内容でもクスっと笑えるところがあるのが好きなポイントで。

 

例えば匿っていたホンメが見つかってしまい、ドンシクが誤魔化そうとするシーン

自分たちが密入国者たちに行ったことをホンメは目撃してるのではないかと恐れる船員たちに

 

「この子は何も知りません」

「陸に上がったら一緒になります」

「たとえ何かを知っていても旦那を通報なんかしませんよ」

 

いやいや、そこまで言ったらかえって怪まれるだろ、なんでべらべら話すのよ…と思ってたら、案の定船長が

 

「つまり何かを見たんだな?」

 

ちょっとここ笑ってしまいましたねw

伊達に船長やってませんw


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そして月日は流れて…とラストに向かいますが、このあたりは「殺人の追憶」でも使ってた手法で、すごくインパクトがある余韻を残してます。

 

ユチョンのラストの表情は、殺人の追憶」のラストのソン・ガンホの表情と同じ効果を生んでるのではないかなと。

この表情がこの作品で言いたいことのすべてかもしれない、とまで思うぐらい重要じゃないですかね。

 

これは演技だけでは作れないような表情ですよ、ユチョン自身のなかにあるパーソナルな部分も現れてるような気がしてなりません。

 

こんな寂寥感を28~29歳で表現できてしまうって…語弊があるかもしれませんが、ドンシクではなくユチョンに対してすら哀しみを感じてしまうシーンでした。

 

セリフもBGMもなく、ただただその表情で観てるこちらは察するわけです、このシーンまでに描かれた悪夢のような凄惨な出来事は、すべてここに集約されるんだと。

 

ラストは6年後の設定になってるんですが、なんで6年なんだろう?ってちょっと気になって。

つまり2004年、ドンシクは32歳になってる設定ですが。

 

まず思うに、これだけの年月が経ていればドンシクにもホンメにも家庭を持って子どもの一人か二人いてもおかしくないっていう背景の説明のため、というのがひとつ。

 

もうひとつが、2004年頃にもなると経済危機も克服して回復傾向にあった頃なんですよね。2002年にはあの日韓共催のW杯も開催されたりして。

 

景気も良くなっていき、大変だった頃が忘れ去られつつあり、あの船の出来事も遠い昔のようになって…そんな時代を反映させているのかな、とも思いました。

 

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ものすごーく僭越ですが、私は観終わっておすすめして頂いた方々、特にファンの方々にほんとうに感謝しました。

 

普通こういう役柄って嫌がる人もいそうじゃないですか。

スタイリッシュではないし、ヒーローでもないし、(軽めはあるけど)ベッドシーンとかもあるし。

 

起用する側も、若手のイケメン俳優とかアイドルとかを使うならそれなりのかっこいい役じゃないとお客さん呼べないとか考えて無駄に改変しそうだし。

 

でも、ポン・ジュノもユチョンもファンの方々もそこに一切こだわってないのが素晴らしいな、と。

 

当時の記事を読むと「アイドル俳優がベッドシーンに初挑戦!」みたいな取り上げ方もありましたが、インタビューでは本人はなんら気負うことなく語っていて感心しました。

 

news.kstyle.com

映画以外の話題も興味深いインタビューです

 

実際、あそこは性欲というより、生と死の際に追い詰められたふたりが本能的に人肌を求めたって流れのように思いました。

 

重めの題材に硬軟取り混ぜた演技はほんとうに素晴らしいのひとこと。

またスクリーンでユチョンに会えるのがほんとうに楽しみだと改めて思える作品でした。

 

ハリウッドでリメイクされるそうですが、それを機に本家も再注目されるといいな。 

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